腕の武装を外して肩のアーマーを畳み、背中のカバーをはずす。
腕の先から、カギ爪のついた翼のユニットを差し込む。
左右の翼の取り付け位置を合わせたら、ネジで固定する。
両足の関節部を調整し、飛翔中のゴッド・バードのポーズを仕上げる。
顔を覆うガードを閉じるとゴッド・バードの眼が現れる。
指関節が可動。武装を構えたポーズも表情豊かに演出。
ゴッド・バードの爪も動くのでものを掴ませるのも可能。
古代神話を想起させる引き締まった顔立ちも魅力的だ。
大弓を構えて矢を放つライディーンの必殺技。
矢をつがえる指も再現できる。
右手にブーメランの刃を装着。
ボディが重厚なので、脚を開いても安定したポージングができる。
右手の盾を増強したゴッド・ブロックのポーズ。
妖魔帝国との戦いでもっとも登場する武装だ。
敵を一刀両断する剣、ゴッド・ブレイカーをかざす。
肩、腕、股関節の動きもなめらかだ。
小林和史
(モデリズム)
1970年生まれのライディーン直撃世代。模型誌での作例製作を経て造型/映像制作会社に勤務。その後フリーとなり映像用3DCGや玩具の原型製作などを請負う。『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』シリーズではエヴァ等のモデリングを担当。2006年よりモデリズム名義でオリジナルロボット企画「メカトロ中部」を始動。「メカトロウィーゴ」の生みの親としても知られる。
※以下、敬称略
ライディーンは、私のライターとしての始まり、みたいなところはありますね。それまでにもいくつかお仕事はしてるんですけども、ライディーンは面白かったですしね。印象深い仕事だったといえます。ものすごい鍛えられました。家で、寝る間も惜しんで徹夜で原稿を書きました。それを監督に見せると、NGを出されて書き直し。3稿、4稿とどんどんリテイクくらって、必死になって書きましたね。
鈴木良武 1942(昭和17)年3月31日生まれ。アニメ原作者、脚本家。『勇者ライディーン』では、原作のほか、五武 冬史のペンネームで脚本も担当した。
シャーキンの名前とキャラクターに身に付けさせたものは「宝塚歌劇」だったんですよ。宝塚的に「ショーとして楽しいものにしていきましょう」っていう思いがあって、演劇的な組み立て、見せ方で考えていくということを、ライディーンでは意識してやらせてもらったところです。その思いは後半の長浜監督にも受け継いでもらいましたね。「敵役」にもしっかりキャラクター性を持たせたのは子供向けアニメではライディーンが初めてじゃなかったかな。
富野由悠季 1941(昭和16)年11月5日生まれ。日本のアニメ草創期から携わり、アニメーション映画監督、演出家、脚本家、漫画原作など活動は多岐にわたる。『勇者ライディーン』では、前半26話までの監督を務める。
ライディーンはほかにないものにしたかった。そこで最初に「空を飛ばそう」と考えた時に、イメージしたのが「鳥」、しかも猛禽類だったんだ。しかも鳥はスピードがあるからね。嘴とかも強いでしょ。「強くて速くてかっこいい」そんな鳥のイメージを、どうやってロボットに落とし込んでいくか。どうやったらロボットが鳥になるか。そこを売りにしていきたかったんだよね。
村上克司 1942(昭和17)年9月23日生まれ。工業デザイナー。「超合金の生みの親」とも呼ばれる。『勇者ライディーン』では、スポンサー(株式会社ポピー)として初期デザインから関わり、アニメとともに玩具もヒットさせた。
ライディーンは神秘とオカルトしかなかろうと思ってデザインしました。だから、色も最初は緑色にしようって、思ってたんですよ。出来上がったソリッドモデルをグリーンの絵の具で塗ってみて、みんなで相談して、「神秘的でいいねぇ」とかいってたんですけど。でも当時のセル画用の絵具って70色くらいしかないでしょ。影なしの緑色のライディーンになってたら、ちょっと半魚人っぽくなって、50話もたなかったかもね。
安彦良和 1947(昭和22)年12月9日生まれ。アニメーター・キャラクターデザイナーとして、数多くのアニメ作品に携わる。『勇者ライディーン』では、ライディーンの基本デザインや各キャラクターなどのデザインを担当した。
結構初期のころから企画会議には参加させてもらってましたね。みんなで集まってね。それで敵側の怪獣、怪物の名前をどうしようかってなったとき。「命与えよー」っていうシステムは決まってたんで。それで『マジンガーZ』も機械的な敵が「機械獣」なんだから、こっちは石みたいな化け物みたいな感じだから「化石獣」なんて感じでいいんじゃないですか、って。そうしたら、いいねぇそれ決定!! って決まっちゃった。
松崎健一 1950(昭和25)年10月15日生まれ。企画制作スタジオ「スタジオぬえ」の元社長。『勇者ライディーン』ではクレジットは入っていないものの初期から関わり、メカや妖魔獣などのデザインを担当した。